チューリング・テスト

チューリング・テストって、機械の生成した文章と、人間の生成したそれの区別がつかなければ、その機械に知性を認定する、というテストだけれど、そう遠からず、チューリング・テスト的状況は日常化するんだと思う。つまり、今書いているこの文章が、人間によって生成されたとは信じられない時代。今はまだそうなってない(たぶん)。

そう思うと、ある種、人間の一つの終わりの時期に属しているのかなとも、感じる。

その後にもきっと人間は続く。でも、今の「人間」って概念とは異なるそれとともに、生きることになるんだろう。ミシェル・フーコーの有名な言葉を借りれば、人間(という概念・感情)は、「波打ち際の砂の上に描いた顔のように、消滅するだろう」。

消滅したあとのそれは、どんなだろう?

さて、こんな風によく分からないポエムを書いているのは部屋の掃除が滞っているからで、生きることは面倒だ。代わりにBotが生きてくれればいいのに。