日記

  • 航空機のチケットを買った。来週の金曜日。22日の朝。

  • 期限を設けないとどんな仕事も終わらないーー部屋の掃除とか。チケットを買って、初めて見通しが立った。


  • Twitterアカウントを何故か作った。ふと、昔見たこのツイートを思い出した。
  • アスペルガー傾向のある人は、雑踏や騒音が苦手なことが多い。わたし自身は(アスペではないし)あまりそういうこともないけれど、Twitterのツイートの「騒音」は苦手だったりする。言葉には意味があり、方向がある。それらが短くバラバラに散乱していると、混乱するし、疲弊する。言葉の切っ先が見えてしまう。

  • 以前、この種の「意味の乱雑さ」が苦手だから、哲学の本に興味を持ったんだろう、と思ったことがある。例えば「政治」とか、よく分からない。双方の準拠する立場(リベラルとか保守とか)に沿った見解を、双方が投げつけ合うことが、翻って自身が準拠する立場への改めての忠誠の誓いになっているかのような儀式(と書くと皮肉がすぎるか)。

  • それは大雑把にいえば意味がわからず、あるいは非生産的に思え、だったらよりメタな(高次の)方に移行して、そこで解決すればよいのでないか。そんなわけで、「政治」でなく「政治哲学」に興味を持つ。

  • しかしもちろん、「解決」なんて存在しようもない。哲学は泥沼だし、また、通常(以下)の性能の脳にその議論が追えるわけもない。しかし、そこでの議論は、「政治」にあったような情動を投げつけあうことの野蛮さや疲弊はなく、理性的で、自分にとっては好ましかった。カーネマンの用語でいえば、システム1(脊髄反射)でなく、システム2(熟慮)優位な感じ。