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エリック・ホッファーは、波止場で、現代的水準からすれば超絶にハードな肉体労働をしつつ、本を読み、執筆していた。彼は一度、何人も死ぬような事故に巻き込まれたことがある。彼自身は奇跡的に無事だったが、その事故で指を一本失っている。写真に映る際には、それを隠すのが常だった。

ホッファーは最初の本で使った箴言を、後の本でもそっくり同じまま登場させたことを批判されても、意に介さなかった。想像するに、完璧かつエレガントに機能するコードをどうして書き換える必要があるのか、という感じだったのだと思う。

私は、彼が肉体労働をしながらコードを書いていたのだと最近は考える。

ホッファーは散文の書き方をモンテーニュの『エセー』に習った。32歳くらいの頃、冬の雪山で砂金採りの仕事をすることになったホッファーは、きっと猛吹雪の中、山小屋に閉じ込められる時間が長いだろうと考える。そして、その間に読む本として、古本屋で一番分厚かった本を買う。

それが、モンテーニュの『エセー』だった。

予想通りに雪山に閉じ込められたホッファーは、その間に『エセー』を3度読み、口を開けばモンテーニュの散文が出てくるほどになる。死についてであれ、愛についてであれ、モンテーニュは何だって語っていた。

ホッファーは正規の教育を受けていない。だからおそらく、モンテーニュという「有名人」を知らなかった。その彼が、単に「古本屋で一番分厚かった」というだけで手に取った本が『エセー』だったことには、何か奇跡的なところがある。また、その立場も境遇もまったく異なる、17世紀の貴族の思考をほとんど自分のもののように思ったことも。

モンテーニュの『エセー』は、元々は古典からの抜粋に注釈を施していったものが膨大化する形で、現在、私たちの手に取る『エセー』として成立したものだ。ホッファーがモンテーニュに倣った部分というのは、この、繰り返し抜粋に立ち戻り、思考を精錬していくという、終わりのないプロセスのことだった。

苛烈な労働の合間にその観察や思考を書き留め、あるいは書物から抜粋し、それを「デイブック」というノートに置いておく。それを後日見返し、見どころのありそうな思考は再度考え直し、書き直す。無限にそれを繰り返す。

彼はそんな風に生きた。

エリック・ホッファー自伝―構想された真実

エリック・ホッファー自伝―構想された真実