人生とは微妙な瞬間を準備しているものだ

配送助手のバイトを始めたのだけれど、人生とは微妙な瞬間を準備しているものだ。

ある荷物を届けに行った先は、高校の担任の家だった。名前(名字)も忘れていたし、中退して以降思い出すこともなかったのだが、顔を見て「あ」と思い、表札の名前とそれが繋がる。中退したのは17年前なんだけど。

実はそこで担任の家に出くわすのはあまり意外ではない。というのも、わたしが担当している地域は、わたしの高校があったところで、その門の前を何度も何度も通る。制服はそのままだし、こんなに立派な(に見える)高校だったんだなあと思う。今更何を思うことも(あまり)ないのだけれど、単に深く深く抑圧した結果かもな。

しかし、さすがに担任の顔を見ると、な。あれから逃げてばかりだった、あれが始まりだった。平日の昼前だから、先生はもう定年しているんだろう。実際、老婆って感じだったし、わたしの当時で50代だったと思う。物理の教師だった。授業の内容は何も覚えていない。物理という教科があった事も。

言葉がねーな。わたしは何をしてたんだろうか。