月曜

7時起床。8時8分の電車に乗る。車内でナシーム・ニコラス・タレブの新刊を読む。意味がわからないのを無視して先に進む。何周もするので、いずれ意味が落ちてくるだろう。

8時45分に会社に到着。50分に出勤の手続き。それから荷物の積み込み場に行き、その作業を(微妙に)手伝う。10時頃に配達区域に出発し、10時半頃に着く。午前指定のある荷物から優先的に配っていく。それに付随して指定のない荷物もまた。その地区のことを知悉しているドライバーは経路選択にほとんど迷いがなく、それは彼らに言わせれば「当たり前」なのだが、私にはとても不思議な能力に見える。

時間指定が入っていても不在というのは普通にある。

時間給で働いている正社員・契約社員のドライバーは、別に不在でも構わないといえば、構わない。それは仕事を増やし、余計な残業にもなり厄介だが、それだけの話。でも、この現場に入っている委託制のドライバーについては話は別で、彼らは荷物を1つ配達完了したところで○○円という契約になっている。言い換えると、不在の場合には1円にもならない。だから不在に対する彼らの苛立ちは、社員の側に比べ一般に大きいと思う。何で時間指定して不在なんだよ、とか。


午前はすぐに終わり、午後(昼間)もすぐに終わる。今日は18時43分に退勤。残業は43分。

私はバイトなので、社員の仕事の最後まで付き合わずに帰っている。彼らには19〜21時の指定の荷物が残っているし、帰ってからも伝票の整理なんかがある。付き合うと残業が毎日2〜3時間になる。でも、この現場を立ち去るまでには、最後まで付き合う機会があったほうが良いなと思う。そうじゃないと彼らの仕事の全容も、その大変さもわからない。


エリック・ホッファーが後半生にやっていた仕事は、波止場での荷の積み下ろしの仕事だった。要は彼も「物流」の末端で生計を立てていたってことだ。もちろん、彼の時代の労働の強度は現代的には殺人に等しい。しかし、いずれにせよ。やっぱり、荷物を持ち運ぶっていう仕事をしていたほうが、彼の散文の呼吸もより良く読めるというのは真実なんじゃなかろうか。