無題

今後の転職が上手くいくか不明だが、楽観的に頑張っていこうかとは思う。コミュニケーション能力はないし、社会的常識も欠如してる。でも、そういうのが濃厚に要求される仕事でなければ、何とかなるっぽい。今の職場には私よりもコミュニケーションを取れないタイプの人もいる。善い人なのだが、仕事を人に任すという事ができず、変に抱え込んで時間がずれ込む人とか。

リスキーだけど、委託制の宅配をやってみても良いかなと少し思っている。今の現場でそれを仕事にしている人に、内実を聞く機会もあると思う。人生で一度くらい、死ぬほど働くことがあってもいいんじゃないかと思い始めてる。「死ぬほど働かされる」だと、死にたくなってしまう。でも、「自ら進んで働く」なら、違うだろう。仮にそれが失敗しても物語にはなり、意味にはなる。物語の不在がどういうことかは、私はよく知ってるんだ。

20代後半に夜間の専門学校に通っていた。そこに当時40代前半の、チェーンの蕎麦屋雇われ店長をやっている、疲弊した男性も学生として来ていた。何を騙されてそこに来たのか不明ながら、彼はビルメンに転職したかったようだった。しかし結局、その人は2年目の途中で来なくなり、その後どうなったのか分からない。あの当時、2012年とかとは、世の中の雰囲気・景気もずいぶんと変わったなと思う。彼は今なら容易に転職できた。雇われ店長で酷使されるだけの「能力」があるのなら、ビルメンなんて何でもない。時代は代わり、社会に流通する言葉のベクトルは反転する。そのベクトルだけを養分にしていたすべての言葉は古くなる。某宮台真司について、栗原裕一郎さんは、10年やそこらで説明力の消える社会「理論」って何? と言っていた。今はその意味がわかる。それはバズワードだったのだ。