2018-06-02

些細な家族的なイベント。某弟が結婚してから、彼とその彼女(奥さん)と飯を食う的なことが、ポロポロある。彼は典型的な、平凡なエリートで、仕事は英語でするし、パスポートには何十個もスタンプが押されている。海外での現場の立ち上げ、そこでのセールスなんかが仕事のようだ(といっても、想像がつかないのだが)。給与にせよ待遇にせよ、私からすればありえないほどに高い。生きている世界はあまりに異なる。

しかし私の父のキャリアとか学歴からすると、某弟の現在はそうギャップのあるものでもない、と今日思った。ギャップがあるのは私で、要はあまりに落ちこぼれすぎたのだ。よかれ悪しかれ。

彼は何年かごとに、海外を転々とする人生になっているし、今後もそうだろう。数年おきに区切りが来て、その区切りのタイミングでは少なくとも会うことになる(だろう)。自分の進捗をはかるには、良いポイントでもある。

一生懸命働くことだ、と思う。

労働とその結果に誇りを持てるようにすることだ、と。卑屈になりたくはないけれど、現状ではそれはある程度避けられない。人生の欠落は取り返せない。でも、もう少しまっとうに生きるというか、普通に働いて、その普通さに誇りを持つことくらい、目指せるだろ。今のバイト先で、委託性の仕事をしている人がいて、それは一般的には「良い仕事」とは思われてない。実際、体力的・精神的に過酷で、要はブラックな労働を自分に強いているに等しい。でも彼らからは、私は「プライド」を感じる。自己責任で一生懸命やってる「プライド」。それくらい、私も目標にしてよいはずだ。

ま、そんなことを思った。