2018-07-19

今週のお題「ゲームの思い出」

ということで、ファミリーコンピュータファミコン)の発売年である1983年は、私の生年でもあった。だから私は世代的にはゲームの全盛期(?)みたいなのに、モロにぶつかっている――はずなのだが、私自身はそれをまったく通っていない。まだ4歳くらいの頃、旅行先にあった簡易な、インベーダーみたいなゲームを一日中、猿みたいにやっていた私の姿に危惧を覚えた両親は、子供にはゲームをやらさない、という方針を決め、それを守ることに決めたのだ。ついでに、テレビも見てはダメで、漫画も読んではダメだった。禁止事項は単純に多かった。代わりに他のことをさせるでもなく、何というか一体何を彼らはしたかったのだろう、と思う。

けどまあ、両親は怖かったのだろうなとも思う。子育ての正解なんて分からない。今の私がこうも無残なことになったのは、元々の両親の教育方針が云々、というつもりも今はない(昔はあった)。なぜなら弟は、同じ環境の元、ベタに理想に近い普通の人生を送ることになったのだから。親は私に関して失敗し、弟に関しては成功た。平均を取れば50点といったところ。そして50点なら、両親のスペックからして妥当なところでもある。

その弟は、今度、日本の裏側の某国で勤務するという不思議な境遇になり、私は30代半ばにして運転免許を取ろうとしている。お題は「ゲームの思い出」だった。私にはそれはないけれど、そのブランクの思い出――周囲の子たちと、全然同じ文化を共有していないような――は残っていて、それは寂しかった。「マリオ」のBGMには、未だに遠い憧れのような響きが私にはある。夏休みの拷問のような長さ。1日はいつまで経っても終わらずに、ビー玉を弾いて、縄跳びを飛んで、ボールを壁に投げても1日はずーっと、終わらなかった。退屈だった。