ふとした雑感

具体名は出さないけれど、たまに、ある「引きこもり系」なブログの人を思うことがある。

その人のブログは、かれが34くらいの時から始まっていて、私はその比較的初期からの読者だった。変に頭のいい人で、あの手の頭の良さで「引きこもり」が代表されると大変にミスリーディングだよなとは思いつつ、でも同時に、引きこもり的な硬直というか変化の無さ、それを徹底して言語化すると例えばあんな感じかもしれない、という人でもあって、いずれにせよ、その彼は今年で50歳になっている。

その16年を継続的に、ブログという仕方で観察できたことは、贈り物のようなものだったな、と思う。つまり、彼のような方向で行っても、完全にどん詰まりなんだと学ぶことができた。

彼は非常に頭が良いし、言ってることにもっともな部分はありつつも、時間を経るにつれ明らかになっていくのは、どうしようもない硬直であり、同様のテーマの退屈な反復で、今では「フェアネス」に関わるテーマ系への脊髄反射botのように、なってしまっている。一般論をいえば、「フェアネス(公正さ)」の要求の裏側には、相手を自分の場所にまで引きずり降ろそうとする、ルサンチマンの要素がどうしても、ある。もちろん、ルサンチマンがあるから、公正さやら平等の要求がくだらないことにはならない。が、いずれによルサンチマンはある。で、そのルサンチマンの存在を、否認してはいけないと私は思う。それには後ろ暗い部分があるってことを。さて、彼はーーというか、私が最近の彼の文章やら文体から受け取る彼は、それを認識し得るだろうか、というと。

彼のような方向には解はなかった。もちろん、彼のような頭の良さなんて微塵も私にはないけど、ともかく、そっちを掘っても何も、本当になにもない、ということを、彼のブログは他にはない徹底した仕方で、教えてくれた。その事実に感謝しつつ、もう、今後あまり彼のブログやTwitterを見ることは、ないだろう。

私は別のことを書く。