読書、コード、トレーニング(13)

読書

#リパブリック: インターネットは民主主義になにをもたらすのか』を p.246 まで。

社会理論家のジョン・エルスターは、キツネと酸っぱいブドウの昔話を使ってこの点を説明する。キツネはブドウが酸っぱいと信じているためにブドウを欲しがらない。しかし、キツネはブドウが手に入らない ”から” ブドウは酸っぱいと信じているのであり、手に入らないという事実に応じてブドウにたいする態度を調整しているのだ。ブドウを食べられないので、ブドウは酸っぱいから欲しくないという結論を導き出す。手に入らないことがまさにキツネの好みの ”理由” であるとき、その好みに照らしてブドウが手に入らないことを正当化するのは不可能だと、エルスターは正しく述べている。

選択肢を奪われた市民は奪われた選択肢にかかわるものを欲しがらないかもしれず、選択肢を奪われたことを ”理由” に市民が求めないとき、求めていないという事実に照らしてその選択肢の剥奪を正当化することはできないと、エルスターはより広範な提案をしている。人の好みや、さらに価値観さえも、何を手に入れることができないかに起因するのかもしれない。これは人がたった今何を「欲して」いるかを指摘することで現状を擁護しようとするあらゆる努力にたいする、痛切な反論である。(p.221)

レーニン

腕立てや懸垂を試みたが、1回が限度で、体力というより気力がもう、残って、いなかった。残っていないのに、上記の写経を、単に「読書、コード、トレーニング」という記事を途切れさせないためだけに、した。「アルゴリズムとデータ構造」に関する本(洋書)をAmazonで衝動買いした。10月の上旬には届く。眠い。