1749

3時間の残業。今日も延々と台車を押していた。夕刻以降、燃料が切れ、意識を流れる言葉と言葉の間の距離が広がっていく。なぜか道行くオッサンに、台車を押すという不条理にも見える労働について、それって何かのパフォーマンスなの? エコ的な? とか絡まれる。どうなんでしょうね、と返答しておくが私も、実のところよく分からない。水道が使えるのに10km先の井戸に水を汲みに行く、そんな仕事に思えることも、結構ある。

行きと帰りの電車で、ホッファーの『波止場日記』の原著を読む。帰りの電車では特に意味をなしてくれない。1749日は5年弱という時間だが、今日、ある荷物について、その宛名の人は既に5年以上、ここには住んでいませんと言われ、一瞬の間。