雑記

母が年末に「食事」(的なもの)を作れるのも、今回が最後だったかもしれないなと思う。もちろん、そんなことはなかった、という可能性もある。けれど私がそれを願っているのかも、よく分からない。というのも私は、母の老化(/病期の進行)に、どうリアクションしたら良いのかも、分からないからだ。間欠的に、ボケの兆候(に見える)ことも生じ、私はそれをどう考えたら良いのだろう。あえてそれを話題に出す勇気(というのか?)もない。日々は流れる。でも流れきらないその自己主張を、無視し切るのも、難しい。


ブログは日記的な内容が一番好ましいと思い、それを、昨日まとめて更新してみた。が、理想と現実は異なり、私はそれを上手く書けない。もう、ブログに書くようなこともない気がする。元々なかった。書くことで何か、考えが明確になったりしたら素敵だが、あまりそういうことも、起こらない。私にとってブログはまだ可能性(使いみち)があるようにも思うのだけれど、今のようにではないと思う。

ということは以前(半年前、1年前)にも書いた。変わらない。なにかが変わるというのも幻想で、今までやってきたことが、あなたの今後にできる最大限だ。時給で働いて、少しの本を読んで、無内容なブログを書いて。それがあなたのできるすべてのこと。その外側があるというのは幻想だ。

何もなかった。何も。