無題

今日は休日だった。母は、今度受ける手術の予備検診のために病院へ一人で行っている。今はまだ、きっとギリギリで、一人で病院に行けるけれど、多分それも近々無理になる。そもそもその手術――予防的な意味合いが強い――を本当に受けるべきなのかどうか、私は判断が付かない。

身体のドコドコの部位を切除する、ということは、あなたは認知症の初期段階にあるかもしれないということに比べ、遥かに話しやすい。でも、本当に話すべきはそっちの方で、母は食事を作ることや洗い物をすること、長年馴染んだはずの収納場所へとものを戻すことが、困難になりつつある。箸を持ったまま物置的な場所に行き、自失する――自分が、何をしようとしていたのか、分からなくなっている。それへの明快なリアクションのとり方は、私にはわからない。薬をちゃんと飲んだかと聞くし、今ふと思ったけれど毎晩ビールを飲んでるのが悪いのではと思うけれど、でもきっと、そういう問題でもない。ビールは、でも注意してみよう。

Amazonで揚げ物用の鍋(IH対応)を買った。揚げ物とか、したことがなかったけど、煮物と炒めものだとバリエーションが尽きる。この際なので、揚げ物を始めようと思った。それを届けたのは佐川急便(あるいはそれが委託した業者)で、昨日電話した祖母は、宅急便の人が家に届け物に来るたびに私のことを思い出す、といっていた。以前、職場の付き合いで――クリスマスのケーキを自腹で買う的な感じで――買わされた母の日のカーネンションは、祖母に送ったのだけれど、祖母はそれを変に、意外なほどに喜んでくれて、知らんけど、ずっと心配をかけてたみたいだった。

祖母は年末に気管支炎になり、年明けに電話したときには今にも死ぬかという声だったのだけれど、しかし昨日はもう、弾むようで元気で、頭もはっきりしていて、最近の母とは大違いだった。私は何となく、母も普通の老人になり、普通に、ゆっくりと年老いて、もっと何というか、死や寿命といったものを自他に納得させながら死ぬのだと、思っていた。

普通のおばあちゃんになるんだと、思っていた。

こんなふうに終りが来るなんて、思ってなかった。