2019-08-31

母の衰えは気のせいでも冗談でもない。

随分と昔から、同じマンションの人と「生協」を共同で取っているのだけれど、多分1ヶ月半ほど前から、母は正しく自分の頼んだものや、次回のパンフレットなどを取ってくることを、忘れるようになった。忘れるというか、ーーある種、私(たち)が普通に「忘れる」と呼ぶのとは異なる感じで、欠落する。こういったことは、それ以前には起こらなかった。

衰えは、完全に「慣れ」に解消してしまえるほど穏やかでなく、かといって明快な反応を返せるほどに急でもない。こういった微妙さを、私は予期していなかった。何か言葉や感覚があって然るべきに思われ、しかしそこには空欄しかない。当惑しかない。それが、何か間違ったことのように、感じられる。


洗い物は普段だと母の役割になっている。今日はそれが破壊的にできない。作業をしようとすればするほどに混乱していく。母は自分が混乱の渦中にあることに、半ば自覚がないが、半ばはあり、しかしその半ばある自覚を否認しようとする(ように見える)。まったく、全然できていないーーそのことをどう言ったら良いのか。しかしいくら何でも今日はムリだから、手を止めて、水でも飲んでください。私がやるから。

母はコップを探すがコップを探しあぐねる。水か牛乳かを探していたはずなのに冷蔵庫からチョコレートとチーズを持っていく。そのあと、コップと、それから牛乳を持っていって机にそれを置くが、牛乳パックのあけ方が、おそらく分からなくなっている。私がそれを見ている認識はあるから、それを誤魔化すように、空のコップで何かを飲んだふりを2、3度する。